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阪神・淡路大震災 ~被災からの日々~

阪神淡路大震災からの復興

平成7年1月17日未明、阪神淡路大震災にて兵庫区の本社及び工場計7棟のうち本社事務棟を含む3棟を全焼、壊滅的な被災の中心地とあって、道路・水道・電気・電話・ガス等のライフライン復旧が大幅に遅れたため、営業本部を急遽、大阪と西脇に移しました。
被災直後より全力で全社を挙げて生産設備の修復とビル解体作業に当り、設備の早期復旧を成し遂げますが、事実上の業務再開は4月のプレハブ本社事務所の完成を待つことになりました。

皮肉にも被災直前の平成6年12月度の売上実績が過去最高額であった事に加え、財務帳票とホストコンピュータ焼失による混乱のため、売掛金回収は困難をきわめましたが、関西圏での商品力が根強く、業務再開後の需要が途切れなかったため、都市部では比較的順調に売上の回復が出来ました。
ただ、2-3ケ月間も小売り店の棚からオリバーソースが消え、その間、確実に代替えの競合商品が並んでいたという現実は重く、ついに定番復帰出来なかった地方の量販店も数多くあり、震災の特別損失と共に大きな痛手となりました。

その後、本社のある兵庫区松本通りが、突然、道路拡幅を伴う区画整理特別地域に指定されたため、これ以上この地での操業継続は「区画整理事業を妨げ、今後の事業拡大用地確保に支障を来す」と判断し、神戸市の震災復興計画に協力して、建てたばかりの本社事務所と新倉庫、ようやく復旧の完了した兵庫本社工場を明け渡し、市の推奨するポートアイランド二期への本社移転を決定しました。

移転先の本社工場は、場所柄、衛生と環境を特に重視した清潔な施設である事が求められ、ボイラーはじめ現行製造プラントの移設が非常に困難でした。しかし、価格下落傾向にあった「電子機器によるファクトリーオートメーション」の導入が可能となり、かえって工場合理化に拍車をかけるという期待がもてました。

さらにこれまでの製造機器の制約から解き放たれるため、過去に見送らざるをえなかった斬新なアイデアを盛り込んだ新商品群の開発と容器や外箱の改良が一挙に可能となり、周辺道路事情の不安解消と共に、新工場の醸し出すファクターは当社にとって大変意義深いものでした。中でも、「震災を堂々と踏み越えて、再び、神戸の新しい注目の地にて一番乗りで再出発する」という、社員の自負と心理的高揚が、何者にも代え難い、オリバーソース株式会社の大きな財産となっています。